老い方上手  2  ビンボーばあさん  By樋口恵子

第1章は、女性の経済的課題について。
p.10 ボーヴォワールは
   「人は女に生まれない。女になるのだ。」といいました。
   私(著者)は言いたいと思います。
   「女は貧乏に生まれない。女を生きて貧乏に落ち込むのだ」

   (中略)貧乏は決して恥ずかしくない。
   不当に貧乏を量産する側こそ恥じるべきなのです。


   特にこれは日本名物。

あ~、何と核心をついた、分かり易い文章なのでしょう!
伝統的に「女に学問は要らぬ」「家事と子育てをしっかり」と叩き込まれ、
女が政治に首を突っ込むなど、奇人変人扱いの戦前の状態から、
今現在、どれほど事態が変わったのか?

このことを端的に表す名言(?)が
p.28 売れ残りの恐怖と返品の恐怖と、この2つの恐怖の中で、
   女の子は自己主張を制約され、自分魂を奪われながら
   育ったのです。


大正13年生まれの私の母は、正に政府が主導する人生を生き、
団塊世代の私は、「あの生き方は、絶対嫌!」と、母を反面教師に
どんなに辛くても、夫婦間の亀裂が深まろうとも、仕事は続けました。

私が仕事を続けられたのは、たまたま職場の組合が「産休明け保育園」を
作ってくれたことと、
皮肉なことに、実家の両親が「病児保育」を担ってくれたからです。

昭和40年代、当時殆どの女性は<どんなに仕事が好きでも、能力があっても>
子供が生まれたら辞めざるを得ず、仕事を続けられたのは、
よっぽどお金のある女優さんとか、専門職の人が殆どでした。

育児休暇が普及した現在でさえ、子供は流行り病やアレルギーの対策、
怪我をしたりして、病院通いが必要になったり、保育園を休まざるを得ない
事態が頻繁に起こります。
だから夫婦にとって、安心して頼れる親が傍に居ない場合は大変です。
そして殆どの場合、定収入が少ない働き手(=女性)が仕事を止めます。

そして不安定な職しか得られず、有利な年金制度からも
こぼれてしまいます。
上記は私自身の意見ですが、明日は樋口恵子さんの記述をもう少し
掘り下げてみたいと思います。

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